日常と…非日常…。

 




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写真を撮り始めてからか…日々の生活を、わりと哲学的に考える機会が増えてきた気がする。もともとカウンセリングでクライアントの心理を学ぶために、色々と哲学書なる本を読んできたけど…まさかカメラで色んなものを撮影するようになって、役に立つとは思ってもいなかった。

一般的に、僕らは…ごく普通の日常を生きている。スター選手か有名人でないかぎり、みんな同じだと思う。…と言うか有名人であっても、プライベートになれば、僕らとそれほどの違いは無いはずだ。…そんな一見、何の変哲も無い毎日の中で…カメラを向けて何かを撮る場合に…人は何を撮るのだろう。

Nikon D5200 Lens=70mm F4 エフェクトなし

スマホやインスタの普及のおかげで、普通の人が、ごく普通の日常を撮って、インターネットの世界にアップする時代になった。…今の時代、個人の日常が世界にあふれている時代なんだな…と思った。でも、そこに写しだされた日常は、文化や年齢、性別によって、まったく違う世界で…。

ある人の日常は、ある人にとっては非日常だったりする。そんなものをアートとして認めたものが「ポストモダン」…って言う芸術らしいけど…これはアートの持つ、他とは違う「特別性が唯一の価値」…みたいなとこから来ているのだと思う。

でも僕は、ありきたりな日常をカメラで撮っていても…あまり感動しないな!…かと言って、グラビア撮影のように過度にライトアップされた、いわゆるセットアップ撮影にも、心動かされないし…結局、日常の中の非日常を探して行かなくちゃならない…と思っている。

…と言うことは、自分の心の目を磨かないと「日常の中の非日常」は見つけられない訳で…でも、これって僕らの生き方、人生そのものだと思わない?…写真って哲学的だ。

海外のフォト※キュレーターの意見など聞いていると…とにかく、見たことのない写真を探しているみたいだ。インスタの時代には、それって難しいと思うけど…だってインスタでは、僕らが見たことのない日常で埋め尽くされているし…綺麗な景色や異文化なども、ネットのおかげで僕らは見過ぎていると思うから。(※学芸員のこと)

少し話がそれてしまったけど…僕らが生きている日常の中の非日常にスポットを当てることは、人生に希望の光を見つけるのと同じような気がするんだ。カメラを通して、その光(フォト)を、描いて(グラフ)…写真にできれば…なんて最近、少しかっこつけて考えているのであります。

今回もまた、こんな愚にも付かない僕の独り言になってしまったけど…付き合ってくれてありがとう。

― リュウショウ・オカモト ―

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