芸術って結局は…本歌取り

 




この記事を書いている人 - WRITER -

写真に限らず…芸術って、結局「本歌取り」だと思う。少し特殊な言葉なので”うんちく”を書かせてもらうと…

本歌取(ほんかどり)とは、歌学における和歌の作成技法の1つで、有名な古歌の1句もしくは2句を自作に取り入れて作歌を行う方法のこと。主に本歌を背景として用いることで奥行きを与えて表現効果の重層化を図る狙いがある。― ウィキペディア調べ ―

ただ誤解のないように言いたいことは「本歌取り」は模倣とかパクリとは違う…と言うこと。パクリは、ただ人真似をして終わってしまうことで、ほとんどそこに学びや進歩はない。僕は若い頃、グラフィック(手描きのパース・レンダラー)をやっていたので、憧れのアーティストの作風や、使っている道具、画材なんかも、同じものを揃えて描いていた。

ただ何度も作画をしているうちに修学が進み、いつのまにか自分の色を出せるようになって行った…と思う。僕は「芸術の天才は、ある日突然、天から作風がふってきて生まれるのではない」…と考えていて、そのほとんどが芸術の先人たちの技を、なんらかの形で受け取り、自分色に昇華させた者だと思っている。

”オマージュ” という言葉もあるけど、これも「本歌取り」と少しニュアンスが違う気がする。オマージュは語源である「敬意」をもって、先人の作風を模倣することだけれども、これは自分の芸術が確立された者が、敬意や賛辞の意味を含めて、面白おかしくパロディー化するもので、やはりそこに学びは少ないと思う。

何で今回、こんな事を”つらつら”と書いているのかと言えば…最近始めた写真は僕にとって「本歌取り」段階だからだ。その事を、今まで撮りためた写真を見返していて、ふと感じてしまったから…。

あっ、これは森山大道風の「本歌取り」だ。これはソール・ライター風で…こっちはルイジ・ギッリ風の、アンリ=カルティエ・ブレッソン風もある…僕の写真は、そんな写真のオンパレードです。恥ずかしいので皆さんには、あまりお見せできませんが…。ただ「本歌取り」から、まだ卒業できていないので、はやく自分の色を見つけたいとも思っている。

― リュウショウ・オカモト ―

この記事を書いている人 - WRITER -
こちらの記事もよく読まれています。



こちらの記事もよく読まれています。



- Comments -

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は読めませんのでブロック対象となります。ご注意ください。(スパム対策)

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

Copyright© Ryushoの浪漫紀行 , 2019 All Rights Reserved.

error: Content is protected !!