自己愛をコントロールする「右手と左手の道」とは

 




この記事を書いている人 - WRITER -

お伝えしております「セルフ・クエスト・シリーズ」…まだ知らないという方は…

自己探求の旅をするなら知っておいておいて欲しい「シャドーセルフ(Shadow Self)」とは…からご覧下さい。

そして今回のテーマは、前回の…

シャドーセルフを制御する「自己愛」とは…の最後でお話した「右手と左手(印)を結ぶ」意味について、進めて行きたいと思います。

(今日も元気な…☆つっこみマン…只今 \( ̄^ ̄)/ 参上!!です…今日は紫男爵です~!

何?…男爵って…(笑)

(あんまし…意味はないけど…ちょっと言ってみたかった…(≧∇≦)b OK

ところで、今回は ”いよいよ” 印を結ぶ意味についてのお話だね。

”いよいよ” …って程のことではないけど…「セルフ・クエスト・シリーズ」のクライマックス…という感じかな。

(忘れてた…セルフ・クエスト・シリーズ…って何だっけ?・・・(゚ー゚*?)アレ?

自己探求の旅シリーズ」で、今回の「シャドーセルフ」の話はその第一弾…ってとこかな?

(そうだったの?…全然、気付かなかった。まっ、何はともあれ…進めてくれる?…(゚д゚)(。_。)ウン!

了解いたしました…(^0^ゞ ラジャ!…ただし今回は内容が専門的になるので、つっこみ雑談禁止ね!

(そんな殺生な~( ̄▽ ̄;)!!ガーン

右手と左手の道

「右手と左手(印)を結ぶ」意味について…まず宗教的な観点から見ていきましょう。

ヒンドゥー教では「右手左手のパスと呼ばれるものを持っています。パスとは「(意識の通り道)」のことで、より高い自己意識に向かって、左は常に暗く、根本的な問題や不吉な要素に関連付けられています。”不吉な”という言葉の語源でさえ”左側から”という意味です。さらに…イスラム教徒、ユダヤ教、キリスト教徒でも、左手は汚れたものと関連しています。

社会的な観点から見ますと…海外は分りませんが…

僕が子どもの頃(1970年代)の日本では、左利きは教育的に(書道などの実践的な理由のため)右利きに直されていました。(僕も子どもの頃は左手で絵を描き、右手でお箸や文字を書いていました)これは作法や行儀、社会の慣例といった、画一的的な日本だった事と関係しています。しかし現代では、左利き人の数が増加しています。

宗教的に、また社会通念的に「左利き」は嫌われていた感が否めませんが…

スピリチュアル的に見ると…今日「左手から右手への道」は、個人の欠陥や限界を克服し、罪悪感を浄化し「肯定的な意識を追求すること」…つまり私たちが「より高い自己意識」とつながるために…”何か”を追求することに役立つと理解しています。…と同時に左手は、典型的には「反対、拒否、恐れ」と言った私たちのネガティブな内面と関連しているので、自己否定の「解放の鍵」となります。

「自己愛」と「右手と左手の道」の関係

前回…「自己愛」はその強さのバランスが大切だとお伝えしました。そのバランスの取れた生活を送るために「右手と左手の道」を学ぶ必要があります。

これは僕、個人の感覚的な(瞑想中など)説明になりますが…右手は個人的な自己意識や、改善された未来をイメージしています。そして左手は、その克服しようとする問題や欠陥などで、左手は自己調査を行い…特に「自己愛」を探求する場合には「利己的」であるかどうか追求します。バランスが上手く行くと、それら(右手と左手)は、まるで光と闇のように…突然左右の分割が消え…統合される感覚です。

僕個人としては、まず暗闇があると思っています。目を閉じ(完全に閉じる訳ではないが)瞑想に入ると、まず無限の暗闇が広がっています。そして、あらゆる闇(克服すべき問題)の中で、光を見いださなければなりません。ここで一番言いたいことは…

光と闇は互いに存在するものであり、自分の中でその暗闇を最初に受け入れることを学ばない限り「自己愛の光」をバランスのとれた方法に導くことは決してできない…という事です。

これら考え方や、先にお話した「右手と左手の統合」のイメージを理解した上で「右手と左手でを結んで」下さい。※の結び方は…シャドーセルフを制御する「自己愛」とは…参照の事。

そして瞑想を続けることこそが本当の意味での「自己探求の旅」となるでしょう。最近のスピリチュアルの教えでは「より高いチャクラ」を開くことに重きを置く傾向がありますが…あなたと言う土台がしっかりしていない限り、高次の自意識とつながる事は決して叶わないと思います。

今回のまとめ

(いや~今回は俺のつっこみ雑談の出番は…無くて正解だったわ…(゚д゚)(。_。)ウン!

ごめんね。シリーズで一番重要な内容だったので、みなさんに集中して読んでいただきたくて…

(あんた・・・瞑想中は寝てるのかと思ったけど…あんなこと考えていたのね…ヾ(- -;)

いえ。基本的には「」で行っていますが、法界定印(ほっかいじょういん)を結ぶイメージとして、どこか可片隅に置いてある感覚です。今回の内容は、まず頭で理解して欲しいですが…その事を頭で考えながら瞑想するのではなく…今回お話した「右手と左手の統合イメージ」を感じながら行って下さいね。

(俺にはまだ難しいけど…今回勉強したことを、一旦忘れて瞑想するわ…(≧ω≦)b OK!!

あっ、それいいアイデアだと思います…(笑)

今回も最後まで読んでいただいてありがとうございます。みなさんに幸せが訪れますように。Ryusho

この記事を書いている人 - WRITER -
こちらの記事もよく読まれています。



こちらの記事もよく読まれています。



- Comments -

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は読めませんのでブロック対象となります。ご注意ください。(スパム対策)

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

Copyright© Ryushoの浪漫紀行 , 2018 All Rights Reserved.

error: Content is protected !!