最近、何で写真にこだわっているのだろう…

 




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昔ほどではないけど…ちょくちょくクライアントと、お会いする機会があって…「ブログ見てますよ」と声を掛けてもらえる。でも…「最近、写真のお話ばかりですね」と言われることが多い。事実…今年に入ってから、写真に関連した記事ばかり書いているのだから…当然といえば当然のことだけど…。

「ただ趣味なんで」といつも答えているけど…ほんと言うと、それだけではない。2017年の4月にこのブログを始めたので、丁度2年が過ぎたところになるけれど…以前は、ほとんどが「スピリチュアル」に関係した記事ばかりだった。その記事を書いている中で、色々と勉強もする訳だけれど…

僕らの「魂の存在理由」について、学びながら答えを探していて、あることに気づいた。

それは…僕達の存在理由は「観察者」であること。そして、何をもって観察するかといえば「光」と「音」だと言う事を知った。少し小難しい話をすると…光も音も、周波数と呼ばれる「波」で出来ている。その「波」に僕らの魂が反応して、感動したり不快になったりしている…という訳だ。

そこで僕は、まずスピリチュアルを理解するために、何年か前から「音」に関するアプローチを始めた。元々、子どもの頃から、楽器が好きで、ギター(フォークにクラシック、エレキギターなど)をやっていたからだけど…ちなみに高校生の時にはクラシック・ギターで全国大会にも出たこともある。

さらに数年前にはスピリチュアルとの関連で、ケーナと呼ばれる南米ペルーの民族楽器を始めたし…今でも毎日ハワイのウクレレを弾いたりもしている。「音」は僕にとって身近なスピリチュアル体験だった。

しかし最近「光」が持つ意味について、その重要性にも気づき始めた。それは我々が毎日眼にしている目の前の世界の事。その世界を「観察者」として知覚することこそが、僕たち魂の存在理由として、とても重要だということだ。だから「観察者」を体験する…という意味合いから、水彩画を描き始めた。以下の2つの画像を見て欲しい。

これは、僕の地元にある栗林公園の風景を水彩画で描いたものだ。描くのにだいたい仕事を終えてから毎晩3~4時間くらいの作業で1ヶ月くらいかかった。そして一般的な半日で描きあげる写生ではないので、元絵となる写真が必要で…コンデジで描く風景を撮影したのものが下の写真だ。

この写真を、机の正面に貼って、細部のいたる部分を詳細に観察した。そして水彩画の画用紙に筆を使って描いていった訳だけれど…僕はこの時、自分が「光の観察者」であることに気づいた。物の形の陰影や、色彩の彩度など…この世界の全ては「光」によって、もたらされる”もの”だと…言うことだ。

昔、僕はパース・レンダラー(建物の完成予想図を描く人)だったので、こういった背景はよく描いていたけど…こんな感覚になったのは初めてだった。

このまま水彩画を描き続けてもよかったのだが…1枚を描くのに時間が掛かることと、ほんと言うと少し老眼が始まったみたいで、筆使いが厳しくなっていて…さらに描くのに時間が掛かるようになった。だから…写真を撮影する方向にへと自然と変わっていった…というのが最近「僕が写真にこだわっている」理由だ。

前にも書いたと思うけど…写真と絵画は実に親子みたいなもので…写実派と呼ばれるリアルな絵画を描くため、写真は生み出された。カメラの原型と言われるカメラ・オブスクラ(写真の原理となる投影像を得る装置)は直訳すると暗い部屋…という意味だけど…。

その暗い部屋の中に投影された光の世界を描く画家こそが…世界の「観察者」だと思うんだ。そして今僕が、この事を身をもって体験したいと思う理由なのであります。カメラは水彩画と比べると色々と楽だけど、構図や明度、彩度から遠近法まで理屈はまったく同じなので楽しんでおります。

「水彩画も描いてください」というお声もあるけど…今はまだ、色々とやりたい事があるので「水彩画」は時間がいっぱいある老後の楽しみにでも取っておこうと思っている。

― リュウショウ・オカモト ―

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