自宅でも簡単にできる仏教瞑想を応用した「手放しメソッド」瞑想法~その2

今回は前回の記事の第二弾、止観を応用した簡単メソッドでヴィパッサナー瞑想法と呼ばれる「観」について書きたいと思います。
前回のサマタ瞑想法を読みたい方は…
自宅でも簡単にできる仏教瞑想を応用した「手放しメソッド」瞑想法~その1…をご覧下さい。
目次
心の目で見る「観」とは、何か
メソッド説明の前に、前回の復習を兼ねて「観」とは何か、もう少し詳しく説明したいと思います。
仏教において瞑想は「止観」とも呼ばれ、「止」と「観」とに大別され(「止」サマタ瞑想で「観」はヴィパッサナー瞑想)「戒定慧」における「定」に相当するもので禅定つまり「禅」とも、その意味するところは同じです。
つまり座禅は「止」をもって心の動きを止め「観」をもって心の目で見ることを目的としています。
サマタ瞑想は「心の動きを止める」ために座禅を組むのだと分かりますが、騒がしい日常にあって、ざわつく心を止める事は、思ったより難しいことです。
業処と呼ばれる瞑想対象が40種類あって、修行が何年、いや何十年も続くとされています。しかし今回のメソッドでは「止」までいかなくても「静」しずめるだけで十分だと考えてください。それでも、身体や心理にかなりの効果があると考えられます。
それに対してヴィパッサナー瞑想の「観」とは一体何なのでしょうか?辞書によれば「観」とはナーマ(こころのはたらき、漢訳: 名〔みょう〕)とルーパ(物質、漢訳: 色〔しき〕)を観察することによって、原始仏教において真理とされる無常・苦・無我を洞察することとされています。
我々の人生において、無常・苦・無我について考える
子供の頃、読んだ童話や昔話には「人生に色んな苦難があっても最後には正直者が報われる」的な物語が多く描かれています。小説やドラマ、ハリウッド的映画にも、よく出てくる「勧善懲悪」は正義は必ず勝つ的なストーリーが多いですね。
しかし、本来、私たちが生きる人生においては、上記のようなドラマは、なかなか起こらないし、むしろ正直者は騙されたり、馬鹿をみる結果に終わってしまったりします。
それに自然災害の多い日本にあっては災害に遭われた方も多くいらっしゃいますし、病気や不慮の事故など、本人に全く非がなくても災難に遭ってしまうことも事実です。本来、人生とはなかなか報われない事の方が多いと思いませんか?
自然的なことから個人的なものまで、人間は様々な「無常・苦」に出遭います。
そんな無常や苦難に出遭ったとき、私たち人間はどんな感情を抱くでしょうか?「失望、怒り、不安、恐れ、後悔」などネガティブな感情が湧き上がってきます。
また、個人的問題では「人間関係のもつれやイライラ」などから不信の感情も出てくると思いますし、また、恵まれない環境にいる人は他人に対して羨望、憧れの気持ちが拡大し「ねたみや恨み」などの嫉妬の感情や欲望が育ち強欲の感情を持ってしまうこともあります。
また、子供の頃の古い苦難であったとしてもトラウマとして残ってしまっている人も多くいらっしゃるのではないでしょうか。
そんな私たちが自己修復のため、向かうべき感情が「無我」です。ヴィパッサナー瞑想の「観」では、この人生のおける苦しみの本質を「心の目で見る」ことで苦難を認めることを説きます。そして現実を認めることで「無我」の癒しプロセスが始まるとされています。
ヴィパッサナー瞑想 「止観を応用した簡単メソッド編」
色々難しいことを書きましたが、「観」を私なりに解釈してヒプノセラピーの誘導を応用いますので、このメソッドは簡単です。
ヴィパッサナー瞑想では「自分の苦難に向き合い、認めることで、気づきの境地に達する」苦難を受け入れることを悟りとしていて、修行者で何年も修行しなければ、その境地には達せないと思います。しかし、このメソッドの基本は「手放すこと」です。
「心の目で見た苦難を自分の手で手放し開放される」ことを目指します。
また、手放すものは苦難だけではなく、願望も手放すことが出来ます。確認されたい方は…
願いが叶わないのは願望を捨てられないからの記事をご覧下さい。
「手放しメソッド」手順
1.座禅を組んで「止」の状態から始めてください。心が「静」に達していれば十分です。今あなたはリラックスした状態で、自分の意識が「呼吸」に集中しているはずです。目は半眼で、かすかに光を感じる程度で、時たま、外の音が聞こえるかも知れませんが、あなたの心は完全に「自分の呼吸に集中」しています。鼻からのゆっくりとした呼吸を続けてください。
2.しばらく呼吸を繰り返したなら、今度は意識を鼻から眉間の中心に移します。目と目の間に、何か明るい光を感じるはずです。しばらく、その光を感じていて下さい。黄色かオレンジ色の光に包まれた感覚があるかもしれません。そこを見つけて下さい。そこが心の目がある場所です。第三の目です。
3.第三の目は映画のスクリーンのように色んな色や形、風景などを映しだすことが出来ます。最初、慣れないうちは、簡単な物、自分の持ち物などを思い浮かべて下さい。腕時計でも良いですしスマホでもかまいません。また親しい人の顔を映しだしてもいいでしょう。
4.慣れてくると、感受性の強いかたは懐かしい人の顔や子供の頃の風景を映しだしたり、色んな感情がわき上がってくるかもしれません。もしそうなったなら、感情にまかせ、心をゆだねて下さい。涙があふれても心配はありません。ただ、その思い出に浸っているだけでいいのです。
5.今度は、心の目(第三の目)で自分の両手の平を見て下さい。目を閉じたまま、本当に手を動かしてもいいですし、イメージで見られる人は想像で見てください。今、両手の平に何か重たさを感じることでしょう。その重みは、先ほどあなたが感じた、あるいはあなたが抱えている「苦」や「願望」です。
6.あなたの両手の中にある、色んな「苦難」や「願望」を手放す時がきました。その感情は人によって、あるいは人生によって様々です。その思い出や感情を両手でグッと握り締めてください。すると、少し硬かった思いが、砂のように砕けちり、さらさらと両手の平から、こぼれ始めます。
7.この時、心のなかで、「手放す時がきた」とつぶやいて下さい。そして色んな感情、思い、トラウマから開放されたと思って下さい。両手を振って、よく砂を落としたなら、大きく三回深呼吸をします。そして、ゆっくりと目を開き、今の自分に戻って下さい。
今回のまとめ
さて、いかがでしたか?前回と今回の2回に渡って、自宅でも簡単にできる仏教瞑想を応用した「手放しメソッド」瞑想法について説明して来ました。
こうしてブログ記事にすれば、長くなってしまいましたが、この「手放しメソッド」が慣れてくれば実に簡単に心のクリーニングを行うことが出来ます。
メソッドは1から7まで順に行いますが、途中で止まってしまっても問題はありません。特に4の感情が強く出てしまったときは止めて、日を改めて行うものいいと思います。
今回も長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただいてありがとうございます。このメソッドが皆さんのストレスの多い日々を乗り越えるツールになってもらえれば嬉しいです。RYUSHO