少しだけ催眠(ヒプノ・セラピー)の歴史を知ろう!

 
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今回の浪漫紀行ヒプノ・セラピーの歴史ついて、お話したいと思います。

催眠の歴史を一言で言うなら「オカルトと誤解との歴史」と言えるでしょう。人間は無意識のうちに神秘的なものに惹かれます。「怖いもの見たさ」ということです。しかし、ここに多くの誤解も生まれるのです。

催眠の歴史

その昔、神秘主義(ミスティシズム)が隆盛を極め、深い祈りや儀式などで、神と合一し絶対的な真理が得られるといった考えが強かった時代がありました。

特に、今ほど医学が進歩していなかった時代でしたから、多くの国や各場所で「祈りによる癒しは」存在しました。

古代エジプト

催眠の歴史で最も古いところでは、古代エジプトにあった「眠りの寺院」と言われています。僧侶が信者を眠りに誘導してから病気を治癒する暗示を与えていたそうです。

この時代の手法は、現代のヒプノ・セラピストが使用している「催眠誘導」と非常によく似ていたそうです。この手法が紀元前三、四世紀頃にはギリシャからローマにまで伝わって広く知られるようになったそうです。

イギリスでの広まり

さらに一世紀頃の初めにはイギリスにも「祈りによる癒し」が広まりを見せます。時の国王エドワード、がこの手法を研究し、自らも行ったと記されています。

記録によるとエドワード王は「手で触れて人を癒していた」そうです。この療法は瞬く間に評判となり、広く世間でも知られる事となります。

しかし、その後のイギリスの君主たちが皆この療法を継承したわけではありません。医学や科学などが急速に発展し、時の君主が「手のわざ」なる療法に興味を失うと、「祈りによる癒し」など、オカルト的療法は科学的でないと評判はガタ落ちとなり、黒魔術とまでみなされるようになります。

事実、この頃に「祈りによる癒し」なる手法を行っていたのは、黒魔術など悪しき儀式に興味を抱くもの達が多かった事も事実です。

中世ヨーロッパから現代

そして、いつしか中世の人々はこの手法に恐れを抱き始めます。おそらく催眠についての多くの誤解が生まれたのはこの頃だと思われます。さらに残念な事ですが、その誤解はいまだに続いていると言ってもいいでしょう。

しかし、その後十六世紀中ごろから十七世紀にかけて活躍した、医師フランツ・メスメルをはじめ、近年では、天才的心理療法師ミルトン・エリクソンなどの功績もあって催眠が見直されてきました。

ここから先の話になりますと本格的に催眠療法を勉強なさる方以外は特に興味がわく話ではないので、省略しますが、最後に、重要なポイントだけ紹介しましょう。

催眠が認められた20世紀

催眠が、黒魔術の呪縛から開放されるのに二〇世紀、丸々かかってしまった勘がありますが1958年、米国医師会が催眠を正式な療法の一つとして承認しました。

これが大きな分岐点となって催眠療法が社会的に認められるようになってきたのです。そして、現在では前世療法インナー・チャイルド・セラピーなど、ヒプノ・セラピーを応用した様々な心理療法が見られるようになったのです。

今回、僕が紹介する「ガーディアン。エンジェル・セラピー」もその一つです。

今回のまとめ

今回は少し短くまとめましたが、催眠の歴史をお話しました。しかし、まだ一般人には誤解の多い療法である事も事実です。

これら心の開放を助けるセラピーをオカルトから開放する事も、僕の使命だと感じています。 😛

ガーディアン・エンジェル・セラピーの話はもう少し待って下さいね。今しばらくヒプノ・セラピー話にお付き合い下さい。

これからも浪漫紀行は、身近で見つけた奇跡や、みなさんに役立つ記事を中心に書いて行きたいと思います。みなさんの幸運な人生のお手伝いが出来ることに幸せを感じながら。RYUSHO

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